疾患概要
低ホスファターゼ症(Hypophosphatasia; HPP)は、組織非特異型アルカリホスファターゼ (Tissue non-specific alkaline phosphatase; TNSALP) 酵素をコードするALPL遺伝子の機能喪失変異によって引き起こされる遺伝性骨疾患で、骨の石灰化障害を特徴とします。1948年にカナダのRathbun医師によって初めて報告され、くる病様の骨変化を示すのにもかかわらず血清アルカリホスファターゼ値(活性値)が低下していたことから、低ホスファターゼ症と名付けられました (Rathbun, Am J Dis Child, 1948)。
HPPにおいては、TNSALPの酵素活性喪失により、基質であるホスホエタノ−ルアミン(phosphoethanolamine;PEA)、ピロリン酸(inorganic pyrophosphate)、ピリドキサール5'リン酸(pyridoxal 5'-phosphate; PLP)などが分解されずに体内に蓄積します。発症年齢や重症度には幅があり、骨石灰化障害のほか、けいれん、高カルシウム血症/尿症、筋力低下、乳歯の早期脱落など、多彩な症状を示します。常染色体劣性(潜性)遺伝を呈する家系が多く認められますが、常染色体優性(顕性)遺伝を示す家系も存在します。最も重症である周産期重症型の日本人における発症頻度は150000〜300000人に1人程度と推定されていますが、他の病型の頻度は不明で、診断に至っていない症例が少なからず存在する可能性が推察されます。
従来、周産期重症型などの重症例は呼吸障害などにより生後早期に死亡していましたが、2015年からALP酵素補充治療が導入され、重症例も救命可能となりました。また、HPPを確定診断するためのALPL遺伝子検査も保険適用となり、HPPを取り巻く診療環境は大きく変化してきました。HPPは小児慢性特定疾病や指定難病にも指定されています。
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病型分類
HPPは発症年齢や重症度に幅があり、通常、「周産期重症型」「周産期良性型」「乳児型」「小児型」「成人型」「歯限局型」の6病型に分類されています。各病型の発症時期、主な症状、予後を表1に示します。
以前は、周産期発症例はほぼ全例、予後不良な転帰をとると考えられていたため、周産期発症例を二分せずに「周産期型」もしくは「周産期致死型」と呼ぶ5病型分類が用いられていました。しかしながら、近年、周産期発症であっても生命予後良好な症例が少なからず存在することが明確になったことから、周産期型を周産期重症型と周産期良性型に区別した6病型分類が用いられるようになってきました。周産期良性型は乳児型よりも生命予後が良好であるところから、周産期軽症型ではなく周産期良性型という用語が使用されています。
【重症度】 周産期重症型 > 乳児型 > 小児型、周産期良性型 > 成人型 > 歯限局型
(表1) HPPの病型と発症時期、症状、予後
病型
発症時期
症状・予後
周産期重症型
(Perinatal lethal)
胎児期〜新生児期
症状:重度の骨石灰化障害、膜様頭蓋、呼吸障害、ビタミンB6依存性けいれん。
治療が行われなければ早期に死亡。
周産期良性型
(Benign prenatal)
胎児期〜新生児期
症状:長管骨の彎曲
生命予後は良好。
乳児型
(Infantile)
生後6ヶ月まで
症状:発育障害、くる病様骨変化、高カルシウム血症/高カルシウム尿症、頭蓋骨縫合早期癒合症。
治療が行われなければ、約50%は呼吸器合併症のため早期に死亡。
小児型
(Childhood)
生後6ヶ月〜18歳未満
症状:乳歯早期脱落、くる病様骨変化、歩容異常。
生命予後良好。
成人型
(Adult)
18歳以降
症状:骨折、偽骨折、骨軟化症、骨密度低下、筋力低下、筋肉痛、関節痛、頭痛、歯科症状、偽痛風。
生命予後良好
歯限局型
(Odonto)
年齢は問わない
症状:乳歯早期脱落、歯周疾患など、症状は歯のみにとどまる。
生命予後は良好
※低ホスファターゼ症診療ガイドラインより
●周産期良性型について
周産期良性型は、出生前から胎児超音波検査などで骨変形が検出され、英語ではbenign prenatal form、prenatal benign form、perinatal benign formなどと記載されます。
周産期重症型HPPと周産期良性型HPPの骨レントゲン像
A:周産期重症型HPPの骨X線像。全身骨の著しい低石灰化があり、長管骨の変形も認める。骨幹端にくる病様の不整像を認める。胸郭が小さく、呼吸障害が必発。
B:周産期良性型HPPの骨X線像。低石灰化はほとんど認めず、骨幹端の不整像もない。長管骨の変形を認める。腓骨や尺骨に骨棘を認める場合もある。
●生命予後について
HPPの生命予後は病型により異なり、酵素補充療法の導入前は、周産期重症型はほぼ全例が、乳児型は約半数が死亡していました。他の病型の生命予後は良好ですが、身体機能や生活の質 (Quality of life; QOL) に影響を及ぼす合併症は全ての病型で起こりえます。周産期重症型と乳児型など、各臨床病型の間は連続的で、検査値にもオーバーラップを認めます。歯限局型に分類されていた症例が途中から骨症状を生じるなど、経過中に病型が変化することもあります。
HPPの臨床像や頻度の高い変異には人種差があります。私達の研究室では1996年~2018年にALPL遺伝子変異を同定した、血縁関係のない日本人HPP患者98名について解析を行いました (Michigami, et al. Calcif Tissue Int, 2020)。その結果、周産期重症型が最も多く、45.9%を占めていました。また、海外ではまれな周産期良性型が22.4%と2番目に高い頻度で認められました。乳児型が12.2%、小児型が3.1%、歯限局型が14.3%でしたが、成人型は1.0%にとどまりました。分類不能な中絶例が1.0%ありました。このように周産期発症例が7割近くにのぼり、また海外ではまれな周産期良性型の頻度が高いことが日本人HPPの特徴であると考えられます。一方、成人型HPPについては診断に至っていない症例が少なからず存在する可能性があり、それらの症例の確実な診断が望まれます。